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社長インタビュー

INTERVIEW

棚板作りの日本一を目指して

社長インタビュー

Q

三進金属工業株式会社の強みはなんですか?

A

棚板作りにおいては自分たちはNo.1だということを目指してきた事。これが一番の原動力になっていますね。

昭和55年、津守の150坪の工場からこの忠岡の2000坪の工場へ移ってきて、 北は北海道苫小牧から、南は九州、沖縄まで、全国20数箇所の販売拠点を持ってやれるようになり、 それから東の生産拠点ということで、福島工場を平成元年に新設しました。 この45年間、棚板作りについては、日本一になろうという事を目指してきたと言っても過言ではありません。

また、 お客様と取り決めした約束と言うのは絶対守るということも強みのひとつですね。我々は 倉庫をより有効に利用するのにどういう保管設備機器を入れたら安くて有効な使い方ができるかをお客様に提案します。言わばコンサルティングです。 棚板一枚、二枚から倉庫の中の物流機器を全部トータル的に提供出来て、なおかつ工事もして納期も必ず守るという事が全国津々浦々で出来るという事、それは三進金属の一番の強みですね。

また、SGの販売網を使ってメンテナンスの対応も迅速に出来ます。三進に頼んでたら故障してもすぐ直してくれる、ということが信頼、信用になっています。

まじめに地道にやってきて頂いている同志

Q

三進金属工業株式会社の社員についてお聞かせください。

A

10名くらいからスタートして現在450名くらい、 協力販社さんも入れると、600名くらいの社員となります。棚板一枚、仕切板一枚をみんなが心をこめて、お客様に届けて、お客様に三進の対価として買ってもらう。それをまじめに地道にやってきて頂いている同志。この直近の1年はものすごく厳しい年で、この44年の中でも最も厳しかったと言っても過言ではありません。

その中で、なんとか一円黒字を目指してとスローガンに掲げている「百年企業」、これを実行するために、今期(2009年)は赤字は出さないという決意で臨みましょうということで展開をしていきました。過去に例の無い厳しい対応を全社員、役員に理解をしてもらいました。この43期なんとか黒字になったのは、本当に製販一体で、役員も社員も一体となってこの不況を乗り越えた為と、本当に頼もしく思う次第です。

明日に夢がある時代


Q

社長は入社した時、どのような社員だったんですか?

A

入社したのは昭和60年の6月です。 大学を卒業して、当時一番の得意先のライオン事務器さんのところに修行に行け、と会長に言われました。ライオン事務器さんは 文具・事務器を販売している会社で、その中で、自社のラックを売ってもらっていました。そこで営業の勉強をさせて頂きました。

そこから戻ってきて、工場に入りました。その頃の世の中は活気に溢れていて、そんなに景気は良くなかったけど、なんとかなるという自信がありました。今は世の中先がないという風潮になっていますが、その当時はまだ先がある、明日に夢がある時代でした。そういうことも反映して、会社としては活気のある時でした。

その中で、まずは工場を分かっておかなければいけないということで、1年間各ラインをずっと回りました。シャーリングラインからアングルライン、ブレーキライン、自動棚板ライン、塗装ライン、全部のラインを回って、現場の人たちとのコミュニケーションを作っていきました。

工場は暑くて、特に夏場はサウナに入ってるような感じで、しかも一日中立ちっぱなし。 本当に大変で、その時に友達に愚痴のような手紙を書いた記憶があります。こんなに大変なんだと。 しかし自分の会社に戻る事に対しての意気込みは前々から持っていて、やる気に溢れていました。

そういう面ではある意味非常に楽しかった時期です。今みたいに色々な心配事もしなくていいので…。
今はもうゴミ拾いから資金繰りまで全部心配しないとだめで。(笑)

「百年企業」に込められた3つの思い

社長インタビュー

Q

「百年企業」というスローガンに込められた思いについてお聞かせ下さい。

A

会長の時代からスローガンを掲げるようになり、今年のテーマとか指針を表そうと言うことで「一歩前へ」、「品質は企業の命なり」、あとは「一心不乱」、苦しかったときは「生き残り」とか、その時その時の時代に応じて、その年のスローガンを決めています。私の時代になって初めて三年間連続のスローガンということで「百年企業」と言うことを掲げました。

この「百年企業」と言うところの思いとして3つあります。1つ目は少々の不景気風が吹いても、しっかりと収益を確保できる企業でありたいという事、2つ目はお客様に安心安全、信用信頼を得る事が出来、私たちの商品に対して永久に保証することの出来る企業でありたいという事、3つ目は世代交代をしっかりとできる企業でありたいという事です。この三つの思いをこめて、「百年企業」という風に定めました。「夢をかなえるために」というサブタイトルをつけたらみんな喜んで、これがいいということになったんです。そんな思いがこめられたスローガンです。

お客様から選ばれる企業でありたい

Q

社長の座右の銘は何ですか?

A

「信頼・信用」「お客様から選ばれる企業でありたい」ということですね。時代は常に変化していきます。アングル棚のような変わらない商品を作らせてもらってるという点はいいんですが、価格とか、お客様に提供する体制とか、組み立てとか、そういうのは毎年毎年変わっていきます。会社も変わっていきますよね。

昔よく「運賃のない会社」だと言ってました。要は、材料屋さんも材料を持ってきてくれるし、売ったお得意先が取りに来るんですね。それだけ安い値段で売ってたということです。だから効率がよかった。ただそれは売り上げが十億くらいまでの話ですから、そこから二十億三十億と売り上げが伸びていく中でいろんな品種も増えますし、大手のお客様になってくるとなかなかそうはいかない。そういう面では、時代の変化に対応していくということに常にチャレンジをしていかないといけないなと思っています。

~新しい時代・令和を迎えて~

平成後期からのふり返りと、20年後の令和22年(2040年)に300億企業を目指す思い

社長インタビュー

Q

福島に工場がありますが、東日本大震災による影響はありましたか?

A

 前回のインタビュー時は、リーマンショック(2008年9月15日)の最中でした。売上げが30%以上も下落する大変厳しい不況であり、弊社にとっては2011年3月11日まで続いていました。3.11は東日本大震災と原発事故です。

福島工場は福島第1原発より45km離れており、間に大滝根山(1,192m)があったお蔭で放射能の影響はほとんどありませんでした。

約8,400坪の当社福島第1工場は日本三大橋梁メーカーの川田工業様に、また7万坪の造成は、土木工事では日本一の熊谷組様に施工していただいたお蔭で被害はありませんでした。社員の安否は夜中の12時に最後の一人、盛岡営業所長の無事が確認され、安堵の胸をなでおろしたことを、つい昨日のように思い出します。

 

 3.11以降、福島復興対策政策もあり価格競争から抜け出し、東西両工場の供給能力を発揮できました。福島工場の雇用も倍に増やすことができました。そして第51期~第54期までアベノミクス効果やEC市場拡大による物流設備増大の波に乗り、4期連続で売上200億円を超える成績を収めることができました。第53期には鋼材5万トンを使用し、ラックの段数として約200万段分を生産できる、日本一のラック生産能力のある企業となりました。

 

 平成26年4月には福島工場が「緑化推進運動功労者内閣総理大臣表彰」を受賞。平成29年12月には経済産業省選定の大阪府における「地域未来牽引企業」に認定され、東西両工場を中心にSDGs+CSRの取組みも活発に行われています。

不透明な時代を生き抜く

Q

今後、会社の目指す目標をお聞かせください。

A

 昭和39年11月に創業し、昭和の25年間で売上100億円を達成し、そして平成の30年間で売上200億円を達成しました。新しい時代・令和においては、令和22年(2040年)を目標に300億円企業を目指します。20年間で年間5億ずつ計100億円を伸ばすという計画ですが、今年は新型コロナウィルスによるパンデミックが世界経済を苦境に陥れています。近年発展してきたグローバル経済の根幹を揺さぶっており、観光業・飲食業はインバウンド需要が蒸発し、元に戻るのに2,3年かかるとみられています。来年に延期されたオリンピック開催も不透明です。また米国大統領選挙もあり、米中の対立も深刻さが増しています。

 そのような状況の中、物流業界ではECのさらなる拡大とリモート営業・会議などの推進が一気に進行しています。ニューノーマル(新常態)に、いかに対応できるかが企業に問われています。直近の対応として、海外物件でスーパーバイザーとして施工管理の社員が現地で施工指導をしなければならなかったところを何とかリモートで対応できました。これからは海外出張だけでなく、日本国内においてもリモート施工を実施することで効率と品質を向上させ、顧客満足度を高めていきます。

 さらに、スマートタナコンという製品では2,3年前から取組んでいる24時間のリモートメンテナンスサービスを推進し、タナコンの稼働状況をチェックすることで不意の故障による稼働停止を予測し、お客様の物流業務をよりスムーズにサポートして参ります。

未来の300億企業を目指して

Q

300億企業を目指すために必要なことは何ですか?

A

 間違いなく20年後の日本は少子高齢化のど真ん中にありロボットやAI、IoTによって職業分布図が塗り替えられている最中です。したがって将来はハード力だけでなくソフト力も兼ね備えた企業に成長できなければ300億の売上達成は困難であることは自明です。

  2021年~25年のスローガン「移動ラックはSANSHIN」~ソフト力を高める~の旗の下、社員ひとりひとりがソフト力をつけて大きく成長することで必ず達成できると確信しています。

 植物工場も研究設備も自走式駐車場も全てはラック製造技術に紐づいています。トラスコ中山様提供のTV番組『知られざるガリバー』の放映で弊社を取り上げていただいた際、「たかが棚(ラック)と思うなかれ、この棚(ラック)には無限の可能性がある。」と発した思いをひとつひとつ実現して参ります。